カテゴリ:エルビスの想い出( 26 )

2010年 10月 13日
母はまたまた忘れていた
お稽古ごと、習い始めはいいけれどなかなか続かない。
スポーツジムもしかり。
飽きっぽいと言ってしまえば、全てことは済むと思っている情けないじぶん。

続いたのは、学校教育くらいかー。
義務教育は仕方ないにしても、
その後の学校は結構たくさん行った。
そして、飽きずに全部卒業している。
って、そりゃ胸張るところじゃないけど。

学校教育と違って習い事は終わりがないだけに
途中で自分から見切りをつけて適当に引き上げてしまう。
誰かの元へ時間を決めて習いに行くというのが面倒になるし、
スタートダッシュの勢いが続かなくて、途中で息切れしてしまうみたい。
(って、走っているときの自分そのまんま)




そして、またすっかり忘れていたことがあった。

日記を書き始めて10年経っていた。
まぁコツコツと良く続いたもんだ。


思い起こせば、2000年秋。 (遠い目)
カナダはロンドンという小さな小さな片田舎。
とはいえ、 University of Western Ontario というオンタリオ州立大学があり、
日本人も多く居住している町に住んでいた。

ウィキペディアの情報はこちら

そこで私は一人の日本人女性と知り合った。
名前はKさん、私より少し早くロンドンに住んでいた。
ご主人は英国人で、長いこと夫婦でニュージーランドで暮らしていたが、
ご主人が大学でコンピューター科学(だったか)の教師の席を得て
ロンドンに引っ越してきたのだという。

KさんはPCに詳しくてその頃サクサクと日記を書いて毎日投稿していた。
更新される日記を見るのが楽しくてしょうがなかった。
近くでそんなKさんの様子を見ていたら自分もやりたくなった。

友人と遠く離れて自分のロンドンでの生活を知らせたくて
日記という手段を活用しようと思ったのだ。
それに写真も載せれば、
いちいちメールで添付して送られるよりはずっとましだろうし。



それでKさんの家に行き、ジオシティに登録して日記を書き始めたのが
2000年の9月9日だった。
その後も解らないことがあるとKさんのところで
モニターを見ては、メモ魔になって見様見真似で様々な機能を覚えた気がする。

デジカメも持っていなかったので、
プリント写真を夫のスキャナーで取り込んで貼り付けていた。
写真のリサイズもまだ良くわからず、
縦横の割合を計算機で計算しながら、、、、今考えたら笑っちゃう。
もちろん一枚目の写真の貼り付けはKさんに手伝ってもらった。

その当時、どうしたらこういう見栄えになるのだろう?
どうしたら色が付けられるのだろう?など
そっと人様の日記の「ソース」を眺めたりして、
コンピューター言葉を探って見た。
大学時代、一年間コンピューター概論を受講したことがあったので
コンピューター特有の言葉があって、 <> で括られた中に全てが集約される
というくらいは覚えていた。
その中に 文字の改行、色、サイズ、位置 の指示を見つけては一人悦に行っていた訳である。
なんだか「習うより慣れろ」を実践していた感がある。

その後我が家はコスタリカへ引越し、
Kさんはトロントへと行かれ、もう連絡も途絶えた。
彼女のブログも探せなくなってしまった。

私もジオの日記を皮切りに、
あちこちとブログを転々として此処へ至った。
昔の日記やブログはもう一般公開はしていない。
昨年まで使っていた表紙。

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自分でも何だか懐かしい。


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これらのバナー、歴史物なんだよね。
日記を立ち上げた直ぐに、欲しいけど作り方知らない、と書いたら
上の左2つを、
エルビスの巻き毛を「オスカル」のようだといってくれた方で
ニューヨークの日記繋がりの「はるひ」さんが作ってくださった。

上の右端と下の2つは
ビンママが作ってくださった。
ビンママとは不思議なご縁で、遠くはなれていた時からお世話になったいたんだなー。
もう何年になるのだろうか?
そのご縁の元になった、シーザー君とエルビスは空からこちらを見ているに違いない。

10年の思いはまだまだ語りつくせない。
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by elvisjade | 2010-10-13 11:41 | エルビスの想い出
2010年 10月 10日
想い出
記念日とか、誕生日とか命日とか忘れん坊の私。
少し前まで気にしていても、
当日はすっかり頭から消えていたりする。

友達から荷物が届いた。
この季節ならではの栗の渋皮煮がころころと入っていた。
一つ一つ手で硬い皮をむいて作ってくれたんだ。

ふと気がついた、
そうだ、エルビスの誕生日だったんだ。10月7日。

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ほらほらエビちゃんの誕生日忘れないでね♪

そうだよねーと思いつつ
エビにお供えしました。

ありがとう。
とてもやさしくて美味しい味です。
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by elvisjade | 2010-10-10 11:22 | エルビスの想い出
2009年 02月 23日
6年前
湯島天神で友達に会うことになったのは、単なる偶然なんだろうけど
6年前に日本へ帰って来て東京で滞在したホテルがこの界隈だったことを思い出した。

天神までの行き方を地図で予習しながら
そういえば、泊まったホテルの名前はなんだったかな?と考えたけど全然出てこない。
真剣に突き詰めて考えるのも面倒だったし、
グーグル地図で探しても出てこなかったので、それはそれで心の隅っこに引っ掛ったままで置いておいた。

土曜日出掛ける支度をしながら、何時ものようにエルビスのペンダント(エビの遺骨・遺灰の入った)をバッグに入れる。
京成上野駅に到着してほぼ始発からの切符を取り出そうとしたらポケットから滑り落ちたのかまったく影も形もない。
出札口で鞄の中身から、ポケットの中から係りの人と一緒に全部検めてみたけど出て来ない。
何時の電車で、券売機で幾ら入れて、幾らおつりが出てきて、何処そこで乗り継いできたと説明したら
「今回だけですよ。気をつけてください。」と無事放免された。
恥かしいことなんだけど、なんだかエルビスの悪戯に合っているような気もした。

地図でシミュレーションしてきたつもりだったけど、
方角を間違えてしまった。
湯島天神へ行くのに、京成駅からは上野広小路を右折すべきところを
松坂屋を通り過ぎて未だ直進している自分。
直進していれば天神様にぶつかるような気になっていた。
結局人に聞いてちょっと行き過ぎた位置にはなるけど、松坂屋のところを左折することになった。

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by elvisjade | 2009-02-23 10:05 | エルビスの想い出
2008年 09月 21日
三年の月日が癒してくれたもの
お彼岸も近い9月21日。

三年前の今日、エルビスは亡くなりました。
彼は最後まで威厳を持ってしっかりと生き抜いてくれました。
一時期は40キロを超える体重を誇りましたが
亡くなるときには27キロ割っていました。

骨格がしっかりした犬であったことを
段々とやせ細っていく過程で目の当たりにすることになりました。

引退してから出合った日本のお友達たちからは
「キング・エルビス」のお名前をいただくほど
威厳と風格があり、ステキングーな2枚目でした。

そんな彼も13歳を過ぎ、目に見えないほどの小さな衰えから
誰の目にも明らかな身体的衰えへ変わっていきました。

彼の衰えを受け止めているつもりでも
それが天国への旅立ちの準備なんだという風に認めたくはありませんでした。

いよいよと言う時、「もういいよ。楽になっていいよ。」という言葉を掛けつつも
その実、目の奥のどこかでは『だめよ、逝かないで。』と懇願していたのだと思います。
私の目が何を訴えているかを知りつつ、精一杯頑張ったエルビスは
もうこの日しかなかったんだと思います。

それ以前でもなく、それ以後でもなく。



あらためて動画を編集しながら
彼は全てわかっていたんだと気付かされたような気がしています。
暖かな眼差しは
「お母さん、僕は大丈夫。そろそろ逝くからね。」と言ってくれているようでした。


皆さんにお見せすることが、老犬介護をしている方やこれからする方にとって
不安をかき立てることになるのやも、と思いましたが
エルビスへの鎮魂歌として見ていただければ嬉しいです。

5分少々という長い動画になってしまいました。
身構えずにどうぞ。(途中で音が出るかも知れません。びっくりないでください。)

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by elvisjade | 2008-09-21 06:57 | エルビスの想い出
2008年 08月 18日
なにもそこまで似なくても
夕べ、パッチワークの配置を眺めようと床に広げてああでもない、こうでもない。
あっちかなー、こっちかなー。
必然的にウロウロ、チョコチョコ動いては休んで眺めてを繰り返す。

そこへ、やってきました黒いお方。
床の上に広げられたものには「乗るのが決まりでしょう!」
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なに、この勝ち誇ったような顔。
「どうだー」と顔が物語っている。
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これは我が家の家訓なのかぁ?
そういえば、エルビスもやっていましたねー。
ほら、これ、2003年7月の写真。
これも作りかけのパッチワークだった。
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過去にはジェイドも色々やっていたんだった。
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半ばお決まりごとなんだね。

でもその際たるものは
やっぱこれでしょう、、、、、ダンボールの箱入り娘。
しかも自分でダンボールの蓋を開けて入ったらしい。

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可愛いなー、こんな行動も姿も。
怒る気にならないわ。


今朝はジェイドの妨害にもめげず、それぞれのピースは繋がった。
ただ繋がっただけで、何枚もの布が一枚にまとまっただけ。
完成まではまだまだだー。



今朝は清々しい気持ちで散歩へ。
昨日の秋のような気温がまだ残っていて
汗もかかずに歩くことができた。
空も気持ちよかったねー。
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家に着いたら玄関回りをトンボが飛んでおりました。
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by elvisjade | 2008-08-18 09:52 | エルビスの想い出
2007年 11月 18日
つい懐かしくなって
下の2回分のPostでジェイドが着ている服はエルビスのお下がり。
2年前の9月に購入したもの。
ここ に書いたようにその当時生産停止する間際で滑り込みで、ようやく一着手に入れた。

あれ以来元気なジェイドには普通に寒い時に着せている普通のポロシャツ。
でも、エルビスにこの製品を見つけたときは藁にもすがる思いだった。
第一織物株式会社 さんから
こちらの ディクロスドッグ さんへ飛んでこの特殊生地の有用性に感動したのだった。

あの時いろいろメールで質問してもっと購入できないものかと相談させていただいたんだった。
でも、生地そのものが生産されない以上は製品が市場に出回ることはないんだからしょうがなかった。

懐かしくなって調べてみたら、またちゃんとTシャツが販売されている。
ここです。

段々と年を重ねてくると様々なことが心配になり、
体にいいことなら何でも試してみたくなる。
あの時の母ちゃんはとにかくエルビスのことしか眼中になかったしなー。

一昨日もボンちゃんのお参りに行って、ママを見ていたら
自分の2年前の姿を客観的に見た様な気がした。
あの時の苦い想い出とともに、エルビスがほんの僅かしか着なかった
このπレイポロシャツを着たジェイドを撫でる私である。

★このΠレイ(パイレイ)繊維についての詳しい説明は
アイアンバロンのここ に書いてあります。
アイアンバロンではもうこの関係の製品は販売されていません。


月末には6歳の誕生日を迎えるジェイドに奮発してプレゼントしてあげようかな。

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                          2005年9月4日  亡くなる17日前


2枚しかないエルビスがこの服を着ている姿。
首が傾いて戻らなくなっていたけど、自分の足で立っていたんだな。
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by elvisjade | 2007-11-18 19:20 | エルビスの想い出
2007年 07月 07日
昨日の家猫ちゃん
ジェイドが大人しく見ている昨日の猫ちゃん。
あの写真の2年前にはエルビスと一緒の写真も。2001年です。
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アパートの廊下でお向いさんと我が家が立ち話。
猫ちゃんと、エビがそれぞれ出てきて、、、、、。

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猫ちゃんが我が家へ入ってきて、探索。
その後ろをホスト役のエビが御案内。

懐かしいな。
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by elvisjade | 2007-07-07 06:08 | エルビスの想い出
2007年 06月 17日
偉大なるエルビス
出鼻をくじかれた外食、でもちゃんと気分回復して家へ戻ると電話。
最近ちょっと調子が悪そうな友達だったから、元気な声を聞いてまずは安心。

しょちゅう連絡をとってはいないけど、時々何かあった時にはこうやって微力な私をあてにしてくれるのは嬉しい。
そういうのが、私には友達と呼べる人なんだと思う。
「亭主元気で留守がいい」みたいな?????

毎日顔を会わせるチャンスはあっても大事なことを話せるとも限らないし、かえってそうでない場合が殆どだろう。

メインの話は終わって、彼女がエルビスのことを話し始めた。
実は彼女は生前のエビには願い叶わずとうとう会うことができなかった。
会ってもいないエルビスのこと????と思うでしょう。

彼女が初めて我が家に来てくれたのは丁度一年ほど前、エビがいなくなってから9ヶ月経っていたところだった。
一歩我が家に入った途端、彼女は「エビちゃんがいる!」と感じたのだそうだ。

目の前にテロップで「今あかされる衝撃の事実」
が流れていった、、、、嘘です。

彼の存在感が部屋中に充満していて、この中ではエルビスはまだ亡くなっていないんだと肌から伝わってきたのだと。
お線香をあげようにも彼女は中々気持ちの踏ん切りがつかなかったという。
そそそそ、そいうえば私も覚えている、彼女が写真を見て入るもののなかなか前へ進み出てお線香をあげないでいるのを「どうしたのかな?」と思ったことを。

そうだったのか。今納得がいったわけだ。
そのときの正直な気持ちを彼女は、「ほんとうにいいの?お線香をあげちゃったら、エビちゃんがこの世から天国へ行っちゃったことを認めてしまうことになるんだよ」
「それでいいの?」とエビに語りかけていたんだと。
そうしたら、エビの方から「なんだ、そんなちっぽけなこと」「僕は平気だよ」という風に言われた気がしたんだと。
彼女はその頃心配を抱えていて、エビに「お願いね」と懇願にも似た気持ちでようやく線香をあげることができた。   という話だった。
その後彼女はエビに3回助けられたということらしい。
気持ちの上で支えてもらったというのである。


そういえば、同じ頃私の従姉妹が気持ちの不安定を抱えて暫く我が家に滞在していた。
そのときも、エビは従姉妹を見つめていてくれたというのである。
彼女は包まれているような暖かなほっと安心した気持になったというのである。

電話の最後に気になって聞いてみた
「ねぇそういうのって、エビが成仏できなくて家から離れられないの?」

「違うちがう、そうじゃなくてエビちゃんは亡くなっても人のために助けているのよ。」
「通常は直ぐにも天国へ昇っちゃうんだろうけど、徳の高い子はそうやって長くても二年くらいは見ていてくれるらしいよ」
「だから彼はもう少ししたら、ものすごく徳の高い仏さんになるんだよ」

そうか、それを聞いて安心した。
やっぱりエルビスは高貴な方だったんだね。
妙に納得したのだよ。
我が家にいてくれたから、私にはあまりに日常で見えなかったんだろうな。
本当に高いところへ昇った暁には、母ちゃんの前にも姿を見せてくださいね。
楽しみに待っています。
もう仏壇の前で、「ゴメンね」と涙流すことはしません。約束するからね。


今日このブログを頭の中でまとめながら昼のニュースをぼんやり見ていた。
コスタリカの首都、サンホセで2日間に渡り竜巻が発生し民家640戸が崩壊、損傷を受けたと報道していた。
エビと暮らしたサンホセだ。
世界各国飛び回ったエビだったね。
カナダ、アメリカ、日本、ドイツ、スイス、イタリア、リヒテンシュタイン、フランス、
コスタリカ、ガァテマラ。
パパとだけ行った国も沢山あるね。


サンホセでの想い出の数々を見ながらエルビスを懐かしもう。
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最初に借りたアパート。私たちだけのパティオ。
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蘭の花が好きなオーナーだった。   共に1月


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首都唯一の劇場?ではなかった、あれ?ホテルだったかな    目抜き通り、さしずめ(これでも)銀座  共に2月


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IRAZU火山             二軒目に借りた比較的高級住宅地の家の前を馬が歩く


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タイル張りの床が気持ちよかったけど、よく滑っていたね。  雷が鳴ると何時もココへ入り込んでいた、彼の指定席。てこでも動かない。ダンナも私もこの状態で用を済ませるしかなかった。


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家のシャワー室は湯船がないのが当たり前。固定式のシャワーで毎回苦労しながらシャンプーしていました。後ろ足の付け根、皮膚炎で毛が抜けてオハゲになっています。いつもこうやってタオルドライと自然乾燥を玄関の前でやっていました。自然が沢山のところでしたからハエもブンブン飛んで来ていました。


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ハエが大嫌いなエルビス、そりゃそうよね高貴な方なんだからさ。
日光浴でもと思い前庭に出しても、「ハエは嫌いだー」「早く中へ入れろー」と大騒ぎする子でした。一度は網戸を引っかいてしまったほどです。キングは外がお気に召さなかったようです。


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偉大なエルビス。いなくなってもまだこうして誰かが「助けてー」と念ずれば、
思いを届けようとしているんだ。
わたしは、それを信じるよ。
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by elvisjade | 2007-06-17 16:00 | エルビスの想い出
2007年 04月 15日
阿蘇の「小笠原」
いつものこと、朝食を終わって暫くするとジェイドが庭へ出たがる。
目が放せないときは我慢させることが殆どなんだけど、
あまりにしつこいから、時々気にしながら見ていれば言いかと窓を開けて外へ出した。

布団を運んだり、掃除機を掛けたりしながらも人が外を歩いている時は
眼をそちらへ向けて気をつけてはいたんだけどね、、、、。

ふと見ると姿が見えない。
柵を乗り越えるようなことはないから、私の視界から隠れて悪さしているんだ、
土掘りかぁ?????

あーあ、隅っこがきれいに耕運機の後のように掘り返されていた。
雷が落ちることはもうしっかり覚えていて、体を丸めてその今掘った穴に頭から入ろうとする始末。
よごれるー、やめろー。
首根っこひっつかまえて外のホースの近くまで引き摺ってきたけど、うまく逃げられた。
家の中はドロドロ。
また掃除機だよ。

私の頭から湯気でも立っているのが見えるように、昼過ぎの今でも私には近づきません。
最近は友達からも、大人しくなったねー、なんて誉められることが多かったし、
外での仕事振りも板についてきたと感心していたのに。
とはいっても内心、家の中ではまだまだ落ち着かないで、おちゃめでいて欲しいなんて望んでいたのですが、
やはり土いじりをやられたのでは怒り出してしまいました。母ちゃんも気まぐれだね。
だけどさ、口の中まで草の残骸やら泥まで含んで、顔中きったなかったんだもの。

そんなヤンチャもまぁ仕方ない。そろそろナデナデしてやるか。

そして、もっとヤンチャだった頃のジェイドととぼとぼしてきたエルビスの動画です。
2004年9月13日。阿蘇のカドリードミニヨン後ろにある「小笠原」に一泊旅行したときのです。




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by elvisjade | 2007-04-15 11:35 | エルビスの想い出
2007年 04月 11日
無くなったら困るもの
今住んでいるこのマンションにある家具、家電製品総て2年半前に新しく購入したもの。
日本へ戻ってきたときスーツケース2つと、バックパック2つで帰ってきたんだから当たり前だけどさ。
私はダンナと結婚するまで墨田区で自分のマンションで悠々自適の一人暮らし。
まさかそこを売ってカナダへ引っ越すとも思っていなかったので、家財道具やら衣類などかなりの量を所有していた。
結婚してカナダへ行くことを決めたとき、数年に一回くらいは帰国するだろうけど、もう日本に住むとも思っていなかったので新築で購入して5年も住んでいないその場所を購入時の半額以下で家具付で手放した。買い手が見つかって良かったくらいに思っている。
だってその頃はマンション価格がどーんと下がって本当に売れるのか心配だったから。

そのとき、衣類や小さな頃からのアルバム、手放せない食器などはダンボール10箱に詰めて船便で送った。確か11万円位かかったかな。
それでも、厳選して涙を呑んでそのくらいの量に収めたのだ。

そして、カナダ生活もたった2年でコスタリカへ行くことになった。
またまた国を越えた引越しさ。
そのときは、「中米のスイス」といううたい文句に釣られて生涯そこで暮らすつもりの一大決心だった。
とはいえ、一年くらい住んでみないと結論は出せないだろうと言うことで、カナダでの家財道具を貸し倉庫へ預けての旅立ちとなった。
そして、結果いまこのように日本で暮らしている。

引っ越しの大変さは自分たちが選んだことだからそりゃ文句の言えることじゃない。
それにこの先まだその可能性もあるから言っても始まらない。
ただ心配なのはカナダに置いてきた荷物である。
毎年4月が更新時期なんだけど、今年はメールを出しても国際電話を掛けても4日間返答なし。
一年分の費用の前払いの連絡をしているのに、何も言ってこないなんておかしい。
ダンナも心配になって地元の友達からオフィスへ電話連絡してもらった。
だけど、留守電になっていてその友達にも折り返しの電話さえ掛かってこないのだという。
倉庫の我が家の部屋の鍵はその友達も持っているので、あと一日待ってみて何も連絡が無ければ見に行ってくることになった。

その間、ダンナは国際電話で連絡が無ければ内部調査に入ってもらうことを留守電に残しておいた。
私たちが心配したのは、何かの手違いで(毎年の支払いがされていないとか)勝手にオークションに掛けられたのではないかということ。或いは火事などの事故で荷物が消失してしまったのではないかと。だけど、家事なら地元の友達が知っていてもおかしくないしなー。

結局最後のダンナの脅しとも取れる留守電のあと、倉庫のオフィスからようやく電話が掛かってきた。
荷物は心配ないという、、、、本当かぁ、、、、まだ疑う私。
まぁそのうち友達に中身を見てもらえばいいさ。

荷物はどうせ、もう太ったために着られないような服、手編みのセーター、食器、書類、家具、家電製品、ブランド品のカバンや靴、手作りキルト、宝石類。そりゃ無くなったら悲しいものばかりだけど、そんなものどうでもいいや。
だけど、手放せないものはエルビスの写真。デジカメが無かった時に撮りためたアルバム。
他の誰にとっても価値は無いものだけど、我が家にはこれ以上の宝物は無い。

どんなに高価なもの、身の回りを飾り立てるものよりも、最後まで守りたいのは
我が家の家族。
今いるジェイドも含めて、我が家のかけがえのない子供たちが何時までも傍にいてくれることが私の幸せなんだわ。
今度カナダへ行ったら、エルビスのアルバムだけは手元に離さずに持っておくことにしようっと。
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                   トロントCNタワー近くの公園で、2001.11.14.
                   あら、このときまだジェイドはこの世に生れ落ちてないんだ。
                   この半月後に生まれたんだ。
               (下の3枚はクリックすると少々大きくなります)        
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by elvisjade | 2007-04-11 09:39 | エルビスの想い出